広島家庭裁判所 昭和31年(家イ)42号 審判 1956年5月14日
申立人 山村夏子(仮名)
相手方 草刈正治(仮名) 他二名
主文
相手方草刈正治、同春子を親とし、相手方中田信次を子とする親子関係が同人等の間に存在しないことを確定する。
理由
申立人は主文同旨の審判を求め、その原因とする事実関係を次の通り陳述した。すなわち申立人は、大正十四年七月頃大阪市○○○市○○町小村市松と内縁関係を結び、昭和二年五月頃同人との内縁関係を解消し郷里である高知県○○郡○○町○○の実家に帰住したのであるが、市松と内縁同棲中懐胎した相手方信次を同年十月○○日出産するに至つた。しかし市松との内縁関係は既に解消後の事であり、これを父の知れない子として戸籍に登録するに忍びなかつたので実兄夫婦である相手方草刈正治、春子に依頼し同人等の二男として真実でない戸籍上の届出をした。その後申立人は昭和五年一月○○日現在の夫山村義一と婚姻したのであるが相手方信次を婚嫁先に連れ行き、親子として引続き生活している。この間昭和九年二月○日夫山村義一の承諾を得て信次を申立人等夫婦の養子として入籍して今日に至つている次第で信次は申立人の子であり、相手方正治夫婦の子として戸籍に記載されているのは真実でないから、これを修正したい。
相手方信次は、申立人主張の事実関係を争はず、且つ申立人主張のような調停あるよう合意した。そこで当裁判所は相手方草刈正治夫婦の審問方を高知家庭裁判所に嘱託したところその調書にこれら両名は、いづれも申立人主張の事実と一致する陳述をし、かつ戸籍修正のための必要な調停に合意する旨の供述記載があつたが、次で開かれた調停期日には、相手方草刈正治両名は、相手方信次が両名の子でないことの合意をする権限を委ねて内山一男を代理人として出頭させ同代理人は、当裁判所調停委員会において申立人主張の事実関係を認め申立の趣旨通りの裁判のなされることを合意した。
当裁判所は、記録に添付された山村義一の戸籍謄本、草刈正治の戸籍謄本、証人山村義一の供述、相手方草刈正治春子に対する審問調書の記載並に申立人本人の供述、相手方山村信次の供述を綜合し申立人主張の事実関係が真実であることを認める。従て相手方信次を子とし、相手方正治、春子を父母とする親子関係が同人等の間に存在しないことの確認を求める本件申立は実質的には適法である。ただ問題となるのは相手方草刈正治、春子の両名が調停期日に出頭せずその代理人内山一男により申立人の主張する事実関係を認め、親子関係不存在の合意をさせることが形式上適法であるかどうかの点である。すなわち親子関係の存在または不存在を確認する行為は、その性質上身分行為に外ならず、身分行為は代理に親まない行為であるから代理人による合意は許されないとする立場をとれば本件申立は、この点に於て不適法となるのである。しかし当裁判所は身分行為が代理に親まないというのは、身分行為の成否に関する意思決定を本人以外の者に委せることが不合理であるからであつて、本人が決定した一定の方向を有する意思表示をすることを他人に委せることは身分行為の性質に反しない限度では有効とされなければならないと考える。本件において相手方草刈正治、同春子は代理人内山一男に対し相手方正治、春子両名と相手方信次との間に親子関係の存在しないことの合意をする範囲において、その権限を授受したもので、親子関係の不存在につき合意するか否かを決定する自由ある意味でその権限を授与したものではなく、前者のような意味での意思表示の代理は身分行為にあつてもこれを妨ぐべき理由はないと考える。そこで代理人による本件親子関係不存在の合意を適法とし家事審判法第二三条により文の通り審判する。
(家事審判官 太田英雄)